三馬鹿

三馬鹿日記

三馬鹿 アイスは溶けない

 

アイスは溶けない

「なぁお前ら…」
「なんだよ堀…」
「どしたよ堀くん…」
「この暑さどうにかなんねえの?!」
どうにもならん、そう諦めたような顔で煙草に火を点けるのは一宮あおい、通用いちくん。
いやー無理すわ、と下敷きで少しでも涼しさを得ようとしているのが佐伯澪、通称れいくん。
こんなんじゃアスファルトで卵焼きできちまうよ…とユーチュ●バーの様なことを言い出すのは堀奏多、通称ほりくん。
三人がいるのは数か月前、運命の様な出会いを果たした校舎裏の石段だ。
その日と違うのはこの茹だる様な暑さ、そう、今は七月が始まったばかりの真夏日なのだ。
いつもはなんとか動いていたエアコンで暑さを凌いでいた部室は、今日は抜き打ち部室チェックが入ってしまいぶつくさと文句を言いながら外に出てきたわけだ。
抜き打ちチェックはいちくんが早くに情報を入手し(出所は内緒)バレたら没収されそうなものは早々に隠してはあるが。
当面はこの暑さを凌げるところ…は諦めて、とりあえず喫煙が出来そうな所を探して思いついたのがここである。
「マージで無理、死ぬ。死ぬけど」
「澪くん、何時もより死にそうな顔三割増しだけど」
「そりゃそうなるわな…」
「いちは何でそんなポーカーフェイスなんだよおかしいだろ」
暑さが嫌いなれいくんはこの暑さに耐えきれんとばかりに唸っている。そりゃあもう、今の時間は午後二時、暑さも増す時間帯だ。
お察しの通り午後の授業の体育をサボって煙草を吸いに来ているわけだが。暑さでそれどころではなさそうだ。唯一涼しげな顔をしている安定のイケメンいちくんを恨めしそうに見ているのはほりくん。そんなほりくんがいいこと思いついた!と、何か閃いたような顔をしているので二人は嫌な予感…と身構える。
「アイスじゃんけんしようぜ!」
「あー予想通り」
「だと思った」
ぐりぐりと短くなった煙草をアスファルトに押し付けるいちくんが溜息を吐く。
れいくんはというとこのクソ暑い中!?負けたら!?買い出し!絶対負ける…とネガティブモードを発動している。
ほりくんは楽しそうに二人の様子を伺っている。ぶっちゃけほりくんの提案が通らなかったことはない。
この暑さはやってられないが、でも勝てたらアイス、しかも奢りだ。誘惑に引かれる二人。そして煙草を消したと思ったら急に立ち上がるいちくん。
「勝てばいいんだろ、勝てば」
「お!?いつになくやる気じゃんいち!」
「うっそだろいちくん裏切る気か…」
「さすがに限界だからな…悪いな、澪…」
「澪くん、勝てばいい、そうだろ?」
「何でそんなかっこよく言うんだよもう…仕方ねぇなぁ…」
そう言いつつやはり乗ってしまうのが二人だ。いちくんが立ち、ほりくんがイケボでそう言うものだから、れいくんも渋々と立ち上がる。
三人、じりじりと照り付ける太陽を真下に、蝉の声をBGMにして輪になった。
こんなにじゃんけん如きで真剣になったことは未だかつてあっただろうか。
ほりくんの準備は良いか?というセリフに二人が頷く。
「じゃーんけん」
「ぽん!」
運命はいかに。
しゃあ!と、最初に声が上がったのは言い出しっぺ、ほりくん。言うだけある。
勝者から石段に戻るシステムなのか、満足げな顔で座って煙草を取り出す。
舌打ちをするいちくんと、フラグじゃんこんなのと絶望するれいくんは負けたらしい。
二分の一、次で決まる戦いに固唾を飲み込む。心なしか蝉の声が小さくなった気がするのは集中しているからだろう。これを他に生かせることはないのだろうか…
「いくぞ、澪」
「いちくん顔怖いけど、ガチすぎん?」
「ガチにもなるだろ」
「何が君をそんなにさせるのか…」
お喋りはここまでだ、そんな目力をいちくんから感じたれいくんは黙ってじゃんけんのポーズをする。掛け声は、煙草を吹かしてるほりくんだ。ウキウキしているのを隠しきれてない。
「いくぞー、はい。じゃーんけーん」
「ぽん」
…一瞬の静寂。ほりくんが二本目の煙草に火を点ける音が聞こえる。
勝ったのは、
「しゃぁあああああ!最高!」
「嘘だろ…」
ほりくんとハイタッチをしているのはなんとれいくん。そう、負けたのはいちくんらしい。誰もがこのイケメンは負けることはないだろうと思っていたが、今回ばかりは神様はれいくんに微笑んだのだ。いちくんもまさか負けるとは思っていなかったらしく、暫くフリーズしてる。爆笑するほりくん。
「最高かよ~何頼もうかなぁ。なぁ?澪くん」
「いや~ここはやっぱりあれじゃないすかねぇ、堀くん」
「あーもーはっきり言えばいいだろ!ダッツな!わかったよ!」
「さっすが物分かりがいい」
「溶ける前に戻ってきてな、いちくん」
マジで覚えてろよ…といつもより百倍落としたトーンでそう言いながら校門に向かういちくん。それをいい笑顔で見送る二人であった。

 

 

 

数分後。何故かチャリに乗って表れたいちくん。何事かと立ち上がる二人。三人は全員徒歩通学なので誰も自転車を持っていないはず。だからこのような醜い戦いが起きたのだが。
まさかパクったのか?というほりくんに、ンなわけねえだろと一蹴する。
もしかして女子生徒をナンパして…?と言うれいくんに対しては、その手も考えたけど…と言い出す、さすがいちくん。
そうじゃなくて、とポケットから何かを取り出し口を開く。
「校門行く手前にチャリ置き場あっただろ。そこに鍵さしっぱのチャリあってさぁ。まぁパクる気はなかったけど、こんなん書いてあったら借りるだろ」
そう言って見せてきたのは何やら小さなメモ用紙。とりあえずアイス食おうぜといういちくんのセリフに石段に座り直した。
ほりくんとれいくんはハ●ゲンダッツを食べながらそのメモを読む。そこに書いてあったのは、
『これを読んだクソガキ在校生よ、このチャリを授けよう。では楽しいスクールライフを! by.卒業生』
「ナニコレ神かよ」
「すげ~神引きじゃん」
「代々受け継がれてる感否めないんだよなこれ…」
古びたキーホルダーが付いた鍵を振り回すいちくんはガリガリ君を食べている。ダッツの出費は痛手だ。
このメモ紙は鍵に括り付けてあったらしい。目敏いいちくんはそれを見逃さなかったのだ。
結構前からあるものだとは思うが、それでも錆びついた所は油が注してあったり、チェーンもそんなに悪くないことから、代々受け継いできた先輩たちの手により綺麗に残してきただろうことが伺える。何故かキーホルダーだけはそのままだが。
それにしてもやはり神は、イケメンいちくんをただ負けにはさせないのだな…と二人は感じていたのだった。
「とりあえずこのチャリは俺らのってことで!」
「回し乗りできんな~最高だろ」
「あともう一つあったら三人でチャリ乗って遠出できんのにな~…」
最初から二人乗りするのを前提でそう言うほりくんに確かに、と二人は頷く。
そんな都合が良いこと早々起きるわけがない…と、思っていたその時だった。
「それが実はな~、あるんだよ」
「あ?」
「は?」
「いや怖いんだけど…」
そう口に出したのは、折角の名案を消し去る様な二人の凄みにビビるれいくんだった。突然自転車を持っている発言をしだしたれいくんに思わず素の声を出してしまった二人だが、純粋にビックリしているのだ。
持ってたら何故言わなかったんだ…?と目が語っているのが伝わる。
れいくんは慌てて言葉を発したが、これもまた悪かった。
「俺って独り暮らしやん?」
「は?」
「いや知らんけど」
「言ってなかったっけ!?」
「知らねえよ~~~~~何なんだよさっきから爆弾発言落としやがって…」
「澪、そういうことは早く言ってくれ」
いや…ごめん…って何で謝ってんだろ俺、となっているれいくん。
二人のツッコミが止まらない。いつもとは真逆である。
早々にアイスを食べ終わったれいくんは煙草を銜え、なんとなく不服そうに語り始めた。
「高校から独り暮らし初めてさぁ。叔父さんが持ってるアパートなんだけど。まぁそれはどうでもいいか…、それでさ、親が入学祝い?でチャリくれたわけ。スーパーとか買い出しの荷物面倒だろうってさ、バイトも始まるだろうしってことで。学校は近かったから使ってないんだけど」
「へぇ」
「なるほど」
「ンで、折角買ってもらったし、ってことでフツーに使ってたんだよ。夜とか楽だし」
独り暮らしを何故始めたのだとか、その一人暮らしの家に行っていいのだろうかとか聞きたいことは山ほどあったが、とりあえずれいくんが話し終えるまでと真面目に聞く二人。
少し風が吹いて涼しさが出てきた。三人で煙草を吸う。れいくんは淀みなく話を続ける。
「それでまぁ入学して一週間くらいかな、煙草切らして夜にコンビニ行ったわけ。チャリで。行きは問題なかったんだけど、帰りがさ」
「ん、」
「普通に走ってただけなんだけどさ…猫ちゃんが、な」
「猫、チャン…?」
ふぅ、と溜息を吐くれいくん。まさかれいくんが猫にちゃん付けをするとは思わず吹き出しそうになる二人。だが今は何となくシリアスな雰囲気になっている為、何とか耐える。
どうした?という顔をしているれいくんに、どうぞ続けてとぷるぷると小刻みに体を動かしながら答える。
「大丈夫かよ。…そんでさ、その猫ちゃんが急に飛び出してきちまって…、俺はできる限りの反射神経を使ってハンドルを方向転換したんだよ」
「…ほう」
「うわ、察した」
「…ん、まぁたぶんいちくんお察しの通り。その方向変えたとこが石垣でさ。勢いよくぶつかった自転車はぐちゃぐちゃで使い物にならなくなったっていうハナシ。でも修理すりゃ使えるし。…あ、猫は無事だったしなぜか俺は無傷で生還した」

「すげえなお前……」

妙に感心するいちくんである。

なるほどね、と腕を組んで頷くほりくん。つまり自転車はあるが使える代物ではなく、修理をしないといけないってことか、つーか未だ修理していないれいくんどれだけケチなの?とは思ったがそれは口に出さず、そんなことよりと、うずうずしているほりくんにいちくんが小突く。
言っちまえ、という合図だ。
「なるほどわかったとりあえずそのチャリの様子も見るために今日の放課後は澪くん家に集合って感じなオッケ?アンダスタン?」
そう早口ノンブレスで言うほりくんにしまったという顔をするれいくん。もう遅えよとニヤニヤするいちくん。
泊まる気満々である。手遅れすぎる件について。
「いや…マジ?」
「マジ」
「マジ」

画してアイスじゃんけん大会は幕を閉じ、次回のお泊りフラグを乱立させたのであった。